2012年1月15日

NPOはらがま朝市クラブ主催の「相馬 生命のフェスティバル」が開催され出席しました。 450名の参加者が心を一つにして復興に向けた思いを共有する事の出来た熱いフェスティバルでした。
「良心、市民の会」は他の3団体、個人と共にNPOはらがま朝市クラブから支援などに対する感謝状を頂きました。

2011年11月12日・13日

相馬市西地区第二仮設住宅に於いて鍼灸の施術を行いました。
13日には「歌のコンサート」に横浜から市川夫妻が参加、はらがま朝市、仮設住宅の集会所で皆さんを楽しませてくれました。

2011年9月10日・11日

相馬市西地区第二仮設住宅に於いて66名の方に鍼灸の施術。
また、「はらがま朝市」の事務所を通じて冬に備えてホットカーペットの要望がある事を確認しました。

2011年8月4日~6日

NPO法人みやざきSKC(災害救援センター)の小玉 直也事務局長と面談。被災地のニーズの連絡と秋のアチェの子供たちの訪日時の協力(宮城県の高校等の紹介)を依頼しました。
相馬市の仮設住宅に行き菅野さん(みなとや旅館の女将)に晃月スクールの生徒たちからの千羽鶴を手渡しました。
黒川さんと合流、「はらがま朝市」にて情報収集。
中村神社へ子供用の帽子を届けました。

2011年7月15日・16日

相馬市西地区第二仮設住宅において51名の方に鍼灸の施術と、石巻市女川町の津波被害の状況を調査しました。

2011年6月17日・18日

相馬市民の避難所が17日にすべて閉鎖され、仮設住宅等へ移動する事による状況変化の調査を主目的とし、郡山のNPOハートネットふくしまの活動への協力を兼ねて永伸商事の山口元さんと福島県へ向かいました。

南相馬市と浪江町の原発20km圏内の人が避難している筆甫中学校へ。ここでは中華スープの炊き出しと茶話会を行いました。50名ほどの避難者の仮設住宅への移転が順次行われており、少しずつその数は減っている様でした。 茶話会ではコーヒーやお茶を淹れ、お菓子を食べながら避難者の方たちと裁縫や折り紙をしながら色々なお話をさせて頂きました。年輩の方から子供まで約20名の方が来られました。

山口さんは福島市の避難所「パルセ飯坂」(原発20km圏内の方約70名)で17日は中華スープ、18日はカレーの炊き出しを行いました。

2011年6月3日・4日

スポーツアリーナそうま避難所の閉鎖が近いためボランティアに来てくれた人たちも呼んで避難所解散の宴会を開くとの連絡を頂き広田理事と共に6月3日(金)の夜から福島の方へ出かけました。

郡山のNPO法人ハートネットふくしまでは行政が未認定の避難所への個別支援を継続しており、今回同行して「福島県林業研究センター」へ非難されている11名の方に昼食時に「豚汁」の炊き出しをお手伝いさせて頂きました。同法人との連携支援は今後とも継続が必要となります。

2011年5月20日・21日

今回の福島県での活動には9名が参加。鍼灸師、マッサージ師が5名参加し相馬市の避難所スポーツアリーナそうまとはまなす館に分かれて20日は昼から夜まで、21日は朝から夕方まで二日間で68名の施術を行いました。

20日の朝、相馬市に着いた京都からの自動車組は相馬野馬祭の始点である中村神社へ。この神社では被災した子供たちの支援やその成り立ちに深く関係する相馬野馬の支援を行っています。宮司の娘さんの紹介により相馬保育所へ子供達の弁当箱と箸100セット、乳児用のお菓子、アレルギーの有る子供達のお菓子を届けました。

その後、整体施術の活動組と、他の支援活動や避難所を回って情報を集める組に分かれて行動。午後3時ごろには飛行機での参加者3名に横浜から新幹線で参加した1名を加えた4名が合流し整体施術と情報収集の組に分かれ活動を行いました。

日中は、高齢者が多く、腰、膝の痛みを訴える人が目立ちました。避難所生活で、床の上で滞在している時間が長いことも原因の一つだと思われます。また、共同生活のため、夜中に咳をするのも遠慮しておられて肩こりやリンパの流れ、血流の悪い方が沢山居ました。夕刻になると、日中瓦礫の撤去や家の修復の為に出ておられた方々が戻ってこられて、足腰、肩、腕の痛みを訴える方も後を絶ちません。身体の痛みだけではなく、震災のショック、集団生活でのストレス、将来への不安など心に抱えておられる痛み、悲しみを少しでも和らげる一助になればと祈りつつ施術、サポートに当たらせていただきました。

午後9時半に整体施術が終わり、郡山へ行っていたメンバーも午後9時半には戻りこの日初めて全員がスポーツアリーナそうまに揃いました。今回はこの避難所で宿泊しました。 21日は2名が南相馬市での捜索隊に加わるため7時に避難所を出発し、整体施術は前日に引き続き2か所に分かれて活動。また、避難所の手伝いと情報収集に他の2名は取組みました。

南相馬での捜索隊はツイッター等を通して参加した人々を含め、約90名で活動。捜索隊と泥かきの班に分かれての活動となり、私たちは捜索隊の方に加わりました。

2011年4月29日・30日

今回の福島行きは現地NPO法人「ハートネットふくしま」(以下HN)との今後の活動に関する打合せを主たる目的とし、そのNPO法人の活動の手伝いをする事、避難所スポーツアリーナそうまへの支援物資(衣類中心)を届ける事、その避難所へ次回整体施術で訪問する日程に関する打合せ(5月20,21日)も行いました。

スポーツアリーナそうまへの配送の後郡山市のビッグパレット福島での昼食の炊き出しの手伝いに回りました。その後施設の中を案内して貰った後HNの事務所に戻り、夕食用のスープを郡山市民が避難している4か所の避難所へ届ける手伝いをしました。

30日は8時半に集合し炊き出し班(4か所)と物資引き取り、仕分け、配送班に分かれました。私たちは物資仕分けを行い午後3時過ぎに事務所に戻り、1件の夕食用スープ(前日とは別の郡山市民の避難所)配達、配膳の手伝いを行い7時半に終了。

2011年4月9日

朝から仙台へ。仙台市役所ではNPO担当の市民共同推進部の並河部長とお話をしました。仙台市ではみやぎ連携復興センターを立ち上げボランティアやNPOの活動を一元管理するシステムで動いているとの事でした。被災者からのニーズに応じた物資やボランティアを募集、割り振りし被災者の便益に役立てるシステムとの事。
アチェからのメッセージを並河部長に託し、避難所である岡田小学校を訪ねました。

2011年4月8日

この日は友人の紹介で鏡石町を訪れ町長と面会。津波による避難者の多い避難所を紹介して頂き須賀川アリーナとビッグパレットふくしまを訪問しました。前者は約250名、後者は1800名が避難。それぞれの避難所にアチェからのメッセージを須賀川アリーナでは須賀川市役所の有賀さんに、ビッグパレットふくしまでは高岡町の深谷さんにお願いし、届けていただきました。

2011年4月7日

福島のNPOハートネットふくしまの吉田氏と知り合いました。避難者に必要なものを配布する事を重視した活動を行っていて、今、何が必要とされているかを再確認。今後協力をお願いし、相馬市の避難所に移動。

この日は小林幸子さんが相馬市の避難所を10か所回ったとの事。この避難所にも2時ごろに来ていたそうです。避難者全員に声をかけ、アカペラのプレゼントと支援物資の提供により、皆さんは大いに喜んでいた様でした。 鍼灸師の二人はそれぞれ10名ほどの方に施術を行い、この日の活動を終了。

2011年4月6日

コピー用紙や米、下着類を届け、13時から鍼灸師の2名とマッサージ師1名は避難所の一つ「スポーツアリーナそうま」にて鍼灸・マッサージを施術。 相馬市役所、郡山市の須賀川アリーナ、ビッグパレットふくしま、仙台市役所にアチェからのメッセージ横断幕・千羽鶴を寄贈しました。 相馬市役所にアチェからのメッセージを届けたい旨伝えたところ、喜んで受けとって頂きました。後日掲示避難所について知らせて頂けるという事でメッセージの一つを相馬市役所の阿部さん、横山さんに渡しました。マッサージ等の施術は夕方6時に終了しました。

2011年3月15日・23日

福島県福島市にて被災状況調査。23日に相馬市「スポーツアリーナそうま」に支援物資を届けました。

ページトップへ戻る