2015年4月21日~5月14日

平成27年4月21日~5月14日まで約3週間に渡り活動を行った。3週間という長い期間の活動は数年ぶりである。今回はワハブ家(KS日本語のサラ先生の自宅)で約20日間、ホームステイをさせ頂きました。 イスラム教徒には断食が有りますが今回の滞在期間中は私にとって別の意味で断食となりました、アルコールを飲めない断食、暖かい湯船に浸かれない断食、TVドラマが見られない断食。しかしながら、孫のようなサラ先生の子供たちに囲まれて良き時間を過ごす事ができた。

今回の活動目的は5月23日に行われる日本語弁論大会に晃月スクール卒業生から3名のエントリーを予定。発表原稿の校正、スピーチなどの支援をして優勝を狙いたい。 また、その他の懸案事項の調整確認です。

JGA(学費支援)の子供たち

良心、市民の会で毎月300,000Rp(約3,000円)の学費支援をしている子供たちは現在98名います。最年少の子供は現在10歳になりました。 名前はムハンマド・アウリア君、津波が発生したときはお母さんのお腹の中で、お母さんは自宅から離れた場所にいて難を逃れたそうです。自宅に居たお父さんは30mの津波にのまれて亡くなりました。アウリア君はイスラム教の小学校3年生でインドネシア語、アラビア語の勉強が大好きなおとなしい少年です。我々の支援が、彼が18歳になるまで継続できるといいなと思います。

13名のJGAの子供たちが18歳になり高校を卒業します。この5月が最後の支援金の支給となります。全員に集まってもらい高校卒業後の進路・豊富・夢を聞かせてもらいました。男子4人中の3人は家計を助けるために働きたいとのこと。1人は支援金を貯金していてそれを基に大学で経済学を勉強したいそうです。
女子の夢は、医者、先生、デザイナー、観光専門学校、薬剤師、IT、などバラエティーに富んだ夢を持っていました。問題はその進路に使えるお金が少ない、などの制限があることです。

日本語弁論大会
日本語弁論大会は5月23日(土)にメダン市で行われる事が確定。テーマと原稿の準備を訪問前から急がせていましたが、他の行事などもあり中々進んでいません。5月1日になってようやくアメリアさん、ノラさんのインドネシア語原稿が準備できました。まずはテーマと内容に訴える物があるかの検証から始めました。ワハブ家の長女ウィナさんが日本留学から帰国しておりアドバイスを受けることとなりました。 インドネシア語の内容がようやく固まり日本語への変換を始めました。最初の日本語はGoogle辞書を使用した翻訳文があがってきましたが、全く使えない。インドネシア語の単語が日本語の単語に変換されて並んでいるが、日本語として理解できる文章にならない。インドネシア語の言い回しを簡単な言葉に置き換えなければ日本語の単語に変換できない。簡単な言葉に置き換えてそれを日本語でしゃべってもらう。これを繰り返し、繰り返して日本語の文章を作ると言う作業を延々と繰り返した。原稿は日本に送り再度校正・確認を行い約10日間の時間を費やしてようやく原稿が出来上がった。
・アメリアさんテーマは、規律を守って豊かな人生を導く。
・ノラさんのテーマは、日本・インドネシア・アチェでの日常生活を充実させる「ありがとう」の文化。
・サフリアン君にテーマは、人が実行しているマルチタスクを安全に行う事について。

約5分間のスピーチとなります。落ち着いて、ゆっくりと、深呼吸して優勝を目指してがんばってほしい。この原稿ができた頃には結果が出ている事でしょう。

日本語教師連盟の会議
アチェ州の日本語教師連盟所属の先生が集まってロークスマウェ第一高校で会議があり参加した。場所はバンダアチェから車で6時間ぐらいのロークスマウェ市にある港町。バンダアチェからはサラ先生、ハナピー先生、アメリア、ノラ、サフリアンが会議に参加した。
議題はアチェ州全体組織役員の選出、年間活動計画、標準授業料の検討など日本語を教える体制についての基本事項の確認であった。
早朝に出発して帰宅は深夜となってしまった。

学校訪問
KS卒業生、KS先生が日本語、英語を指導している学校を訪問し授業を見学する機会があった。

ランロン小学校

ランバロニジ小学校

ロークスマウェ第一高校

ダルルウルン高校

アリハシミ高校

アチェ第二高校

アチェ水産高校

Youth語学学校

技能実習生送り出し機関
アチェ、インドネシアの優秀な人材を日本の企業で技術実習させ、その成果を母国の発展に貢献してもらうという制度があります。LCO、PACがその一躍を担うことができればと計画しています。
今回、日本語教師のハナピーさんの友人がスマラン(ジャカルタの東、約400Km)で技術実習生を日本に派遣する「送り出し機関」をしていると言うことで、詳細な内容を勉強するためホジさん、ハナピーさんと共に訪問した。
サリタ部長(ハナピーさんの友人)の案内でトレーニングセンターを見学、現在24名の実習生が日本へ行くための研修を行っていた。研修期間は6ヶ月間とのこと、この間は全員が泊まり込んで食事を作り、掃除をし、日本語、スポーツのトレーニングを月曜日~土曜日までびっしりとスケジュールが組まれている。
日本での受入機関は東京にあり、実習生は埼玉、長野、名古屋などの機械加工、塗装、鉄筋、建築などの企業で受け入れられているとの事です。
ここで得た情報を基に我々もアチェで送り出し機関としての組織を確立して活動を開始したいと思います。

2014年12月20日~29日

今回のアチェ活動は近畿コカ・コーラで40年働きその後数年介護ボランティアを行っていた末瀬 智さんと行いました。末瀬さんとは以前私が働いていた永伸商事(株)に末瀬さんが水事業の営業として昨年から1年間働いていたことで知り合いました。私たちの活動に興味を持っていただき今回一緒にアチェへ行くことになりました。
アチェでは大津波の災害から12月26日で10年になりました。この機会に合わせて立教大学の高藤先生がシムル島のスモン伝承を題材にした紙芝居を使っての防災セミナーを各地で開催しLCOや良心、市民の会も一緒に活動させていただきました。また東京社会事業大学から先生4名と学生5名がアチェに来られ高藤先生の活動に参加されておりました。
アチェへは12月21日の夕方に入り初日は高藤先生を交え簡単な打ち合わせを行いました。KS(晃月スクール)とKSA(卒業生会)のメンバーは12月26日からの津波追悼式典 での催しの準備を夜遅くまで行っていました。    

翌22日(月)は午前中に紙芝居を使った防災セミナー(以後セミナー)をバンダアチェ第19中学校で行い、多くの生徒が参加して熱心に聞き入っていました。晃月スクール生のディラさんが日本語で紙芝居を読んでいましたが大変きれいな発音で驚きました。午後は晃月スクールの授業に参加し末瀬さんは日本語上級コースで生徒たちと日本語で楽しく会話をしながら日本語を教えていました。

23日(火)の午前中はLCOとKSの先生たちとミーティングを行いました。12月4日に日本語能力試験があり今回初めて在校生が2名受験しました。
これまでは卒業生のみだったのですが在校生にもチャンスを広げました。これは晃月スクールの日本語授業のレベルが上がってきたことによります。
結果は2月にならないと分かりませんが楽しみです。
その他の報告では詳細部分の詰めが出来ていないことが多く今後の課題として伝えました。晃月スクールでの問題点はこれまでと同様で生徒たちの通う学校の授業時間が長くなったことでの晃月スクールへの参加が困難になっていることです。先生たちは様々な方法を使って一人でも多くの生徒が勉強できるように工夫をしてくれており、その継続と改善を話し合いました。午後にはKSAが英語を教えているランバルニジ小学校に行きました。リンダさんが先生をしており最近では進め方のコツを掴んだようで児童たちを上手に巻き込んで進めていました。その後JGA(奨学金受給者)のお宅に行きKHAIRUNNAS君と面談しました。中学3年生の彼は技術専門学校に進み将来は警察官になりたいといっていました。お母さんが家庭を訪問して洗濯をする仕事をしており、お兄さんは体調が悪く仕事ができないため高校を卒業したら早く仕事につきたいと考えているようです。夜には日本から来ていたKURIというアーティストの演奏を聞きに行きました。ご夫婦でアジアを中心に活動をされており今回の津波追悼式典に参加するためアチェに来られていました。

24日(水)は午前中にプカンバダ第1中学校とランバルニジ小学校でセミナーが行われました。中学校ではアフラさんとラダさんが小学校ではサスキアさんとシャラさんが紙芝居を読んでくれました。午後は晃月スクールでセミナーを行いマフィラさんが紙芝居を読みました。多くの質問を日本から来た大学生たちに投げかけ、最後は晃月スクールに来ていただいたお礼に「OMOIYARIのうた」を手話をつけて披露しました。日本から来た学生や先生方が涙を流しながら聞いていたのが印象的でした。

25日(木)はTABINAKAMAについてのミーティングを行いました。
日本へ技能実習生を送ることについての話です。TABINAKAMAが送り出し機関になってアチェの若者を日本に送ろうと考えているのですがまだまだ準備が足りないことが分かりました。また送り出し機関になるための知識習得が全くできておらず経験だけに頼っている状況でした。早急に対処が必要になるので今後の取り組みを指導しました。夜は翌日の追悼式典でのブースの準備をしているところに顔を出しました。雨の中準備をするのが大変で多くの子供たちが手伝いに来ていましたが時間が足りない状況でした。一度私はホテルに戻り準備状況を聞いてブースに行きました。雨が邪魔をしてなかなか進まなかったのですが夜12時に電気がストップするころには最後の仕上げを残す程度まで皆ががんばりました。中でもデシ先生は陣頭指揮を取って準備を進めていました。

26日(金)は追悼式典の開催です。当初10年の節目ということもあり大統領が参席する予定でしたが大雨による各地での被害のためか副大統領の参席となりました。この日まで一週間ほど雨が続いていたのですが幸いにも雨は降らず、多くの人が参席する中追悼式典は粛々と進みました。式典終了後からブースでの活動や日本の紹介をKSやKSAのメンバーが交代で行っていました。多くの人がブースを訪れ日本の文化に触れていました。ブースでは浴衣を着てもらったり、ドラえもんのビデを流したり、日本の膳の紹介や遊びの紹介をしていました。七夕のように願いを書いたしおりを木に付けたり、紙芝居を披露したりと盛りだくさんでしたが皆で分担し来客の対応をしていました。末瀬さんは箸の使い方をゲーム感覚で教え多くの人たちから写真を一緒に取ってくださいと依頼され人気者になっていました。

夜はバンダアチェ市長の招待で夕食を摂りながら各国から来られた人たちと交流する場を設けていただきました。夜遅くまで式典会場ではいろいろな団体による歌や劇、ダンスなどのパフォーマンスが披露されていました。

27日(土)は朝からブースでの活動を行いました。28日までブースでの活動紹介等は行われました。この日は夕方5時からKSとKSAメンバーによる津波の寸劇と「OMOIYARIのうた」のステージ発表です。ところが5時からの出演者の最後であったKS,KSAメンバーの発表はお祈りの時間に入ったため8時からに変更となりました。小学生もいるので困ったなと思っていましたが誰一人不平も言わず逆に楽しんで時間を過ごしていました。結局8時45分からステージ発表は行われました。この時間のほうが観客も多く素晴らしいステージを多くの方に見てもらえました。ステージの内容はFBにアップしているのでご覧いただければ幸いです。本当に素晴らしいステージでした。

28日(日)は早朝にアチェを発ちジャカルタで観光などをして日本に帰りました。末瀬さんはアチェでの体験に感動されたようで子供たちに来年も来るからねと伝えていました。アチェの子供たちは純粋で優しく努力家で夢に向かって一生懸命です。その姿を見、子供たちと接することで多くの方が幸せな気分を味わえるのだと思います。津波による大災害を経験した子供たちのなんと明るいことか。実際には津波時の話をすると涙ぐんだり言葉が出なくなったりする子供たちですが未来に向かって明るく一生懸命に前を向いて歩んでいます。

2012年3月13日

「KANAHEIWA」を中心にLCOや良心、市民の会も加わり日本文化祭をアチェで開催。昨年までは参加者と云う立場であったが今年からは運営に携わる事になりました。
他にMGMPや留学生たちの会(日本への留学経験者)、日本交流基金などが共催、協賛して行われた。文化祭では日本語オリンピックの表彰も行われました。
この文化祭では日本の文化の紹介をするブースを設けたり、カラオケ、映画上映など様々な催しが行われ賑わいました。
シャクワラ大学で開催されたので多くの大学生も会場に訪れ野ホンの文化を楽しんでいた。

昨年の後半からアチェに有る日本関係の団体との交流が活発になって来ました。今年はより多くの団体とも協働してアチェの子供達が夢を実現するための選択肢を広げて行きたいです。

2012年3月12日

南相馬FMラジオにスカイプを通して出演。防災センターと南相馬FMをスカイプで結び、南相馬の方からの質問にアチェの中学生高校生を中心にした「ほうきぼし(アチェで日本と韓国のポップカルチャーを紹介している)」のメンバーと一緒に答えていました。
ファルロジさんが通訳も行っていました。

2012年3月11日

MGMP(アチェの日本語教師連盟)が主催して行っていた日本語オリンピック(日本語を習っている中高生対象)を今年はLCO、良心、市民の会も企画運営に協力する事になりました。
昨年度の大会では中学生の部で1、2位。高校生の部で3位を獲得したが今年は中学生の部でタイザさんが3位を獲得したのみでした。

2012年3月10日

●東日本大震災一周年の追悼をアチェで行おうと晃月スクールでお世話になっているブカンバダ第一中学校他3校と防災センター、LCOが協働し追悼集会を行いました。
●子供達による追悼のスピーチを日本語、英語、インドネシア語で行い続いて「おもいやりの歌」の合唱を各校の生徒達で手話をしながら合唱しました。
●日本、東北の人達に届けとばかり風船にメッセージと千羽鶴を繋げ空高く掲げました。(この模様はNHKのニュースで放映されました)

2012年1月5日~10日

●今回の目的はアチェ政府からのLCO事務所建設費用に対する支援に伴う土地取得等に関する認識のずれへの対応です。
●晃月スクールの成績優秀な子供たちとの食事会を行いました。

2011年10月14日~28日

●2週間の現地滞在となりました。主な目的はアチェブサル高校から要請のある日本語授業の調査、アチェの日本語教師団体(MGMP)との関係構築、11月のアチェの子供達の訪日に関する準備、現地活動の改善です。
●今回の訪問には福島県で災害支援活動を行っている神奈川県の介護福祉士の吉川さんが同行。訪日準備に関しては吉川さんが生徒たちに教えてくれた「思いやりのうた」を手話で表現する練習を行い、日本で披露する事になりました。

2011年6月12日~17日

●永尾理事長、加古川理事が訪問。日本のODAを申請して教育センター建設を計画してきましたが3月11日の東日本大震災を受けて、この計画を一時中止することとなり現地の協力者の方々に事情説明とお詫びの為に訪問しました。

 

2011年3月29日~4月3日

●「キャリアサポートネットワーク」主宰の宮下清人さんを伴って訪問しました。
●2月に行われた日本語オリンピックアチェで優秀な成果を挙げた生徒が3名おり、これからの取り組みに勇気を与えられました。
●奨学金支援を希望する子供たちが80名おり面談を開始しました。
●ブカンバダ第1中学校の生徒、晃月スクールの生徒から託された東日本大震災被災者に宛てた千羽鶴、応援メッセージ横断幕を預かりました。

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