PAC通信 vol.20

Pray for JAPAN from ACEH

アチェより一日も早い復興をお祈りしています。

2004年12月26日、未曾有の大災害となったスマトラ沖地震・インド洋大津波の被災地インドネシア・アチェ州においても、東日本大震災一周年追悼集会が開催されました。 3月10日、当会の語学教室「晃月スクール」への運営協力など日頃お世話になっているブカンバダ第一中学校他3校と防災センター、当会活動協力団体LCOが協働して行われた追悼集会では、子供達の日本語、英語、インドネシア語による追悼スピーチをはじめ、各校の生徒達が手話とともに藤田恵美さんの「OMOIYARIのうた」を合唱しました。 また、日本、東北の方々に想いが届くことを願い風船にメッセージと千羽鶴を繋げ空高く掲げられました。

WHAT'S NEW

Webリニューアル4月20日、当会ホームページをリニューアルしました。
アチェにおけるスマトラ沖地震孤児支援を中心とする活動詳細を随時更新しています。活動内容をよりシンプルに分かりやすく皆様にお伝えさせていただけるよう、今後もPAC通信とともに広報の充実に努めて参ります。皆様の常日頃よりの温かい御支援に心より感謝申し上げます。
宮川大助・花子さんからの贈り物 宮川大助・花子さんからの贈り物
いつも当会活動を応援して下さっている漫才師の宮川大助・花子さんが、昨年11月「アチェの子供達の大槌町訪問」にてお世話になった「大槌サッカークラブJr.」へ、大助花子さんオリジナルの応援旗をプレゼントしてくださいました。
4月13日、岩手県大船渡市における竹中直人さんの番組「BS日テレ・大人の笑い(5月10日放送)」の出演公開収録時、サッカークラブのヘッドコーチ・岩間徹さんご家族が大助花子さんを訪ね、激励とともに贈呈されました。
平成23年度「良心、市民の会」定期総会開催 平成23年度「良心、市民の会」定期総会開催
4月22日、当会の伊達理事が営む大阪南港WTCワールドビュッフェにて定期総会を開催させていただきました。昨年に引き続き、福島県相馬市の避難所になっていた「スポーツアリーナそうま」の被災者代表を務めておられた渡邊義夫さん、そして新たに岩手県大槌町から「一般社団法人・おらが大槌夢広場」代表理事・阿部敬一さんのお二人をゲストにお招きして、昨年度の活動報告と今年度の活動の方向性を確認しました。
今年1月29日、当会の亀水会長のご友人である三浦志津夫さんが、京都市北区紫野で営んでおられる自家焙煎珈琲の店ガロにて東日本大震災支援「チャリティージャズセッション」を開催されました。当会にてお預かりさせていただいたその時の義援金¥69,511を、6月30日岩手県大槌町にて開催される「おおつちありがとうロックフェスティバル」の活動費に役立てていただけるよう、主催団体の「おらが大槌夢広場」にお渡しさせていただきました。

福島県相馬市 東日本大震災活動報告

相馬市訪問レポート

レポート報告 李澤玄
1月15日、NPO「はらがま朝市クラブ」主催の「相馬 生命のフェスティバル」に出席。市長はじめ多くの来賓を含む約450名の参加者が、心を一つにして復興に向けた思いを共有することのできた熱いフェスティバルであった。
「良心、市民の会」は、他の3団体・個人と共に「はらがま朝市クラブ」から支援などに対する感謝状を頂いた。他団体、個人に比べ当会の支援はささやかなものであり、また活動の趣旨からしても感謝状を頂く立場に無いと考えていたが、温かい心使いをいただき出席させていただいた。今後も相馬市を中心に形を変えて支援を継続して行く。
「はらがま朝市クラブ」の高橋理事長は、水産加工場の建設を進めており、3月中には商品を出荷し、復興への第一歩を歩み始めるため支援者や「はらがま朝市クラブ」のメンバー達と奮闘している。非常に残念なことだが、加工するための材料は他県から購入し相馬では加工のみを行う。放射能に苦しめられている福島県の状況がここにも影響している。
3月17・18日、恒例となった鍼灸師による整体施術を相馬市で行った。
今回のメンバーは鍼灸師の向井さん、清水さん。その他に宮下さんと私の4名。さらに2回目となる市川さん夫妻によるコンサートも行った。今回は、昨年11月以来4ヶ月ぶりの相馬市での活動となる。

17日、大野台第二仮設で施術を行った。30名の方に来て頂いたのだが、前回までと違い二日目をスポーツアリーナ相馬で行う事について「さみしい」「二日ともここでやってほしい」などのお言葉を頂き活動者は感激していた。18日には横浜から市川夫妻が合流し、朝市会場、大野台第二仮設集会場、そして海外の文化や食事を紹介する集いの行われていた「はまなす館」の3か所で童謡などの日本の古き良き歌を披露した。短時間の間に3か所を回り多くの方に歌を聴いて頂いた事に、お二人は地元の方へ感謝の気持ちで一杯だった。 その間、施術班はスポーツアリーナ相馬で26名の方に施術を行った。初めての会場という事もあり、最初は希望者が少なかったが施術された方の感想を聞いて順次増えてきた。次回は施術の内容が認知されている事で、より多くの方の施術を行う事ができると思う。 私は17日には仙台に行き、今後の活動に関する打合せを行った。 現時点では詳細は記載できないが、アチェと東北の絆を深める取り組みを行って行きたい。 次回の相馬市訪問は、6月9・10日を予定している。

孤児たちの今

ムハマド・ファウザン君

おかあさんのお手伝いを頑張っている子。

ファウザン君は三人兄弟の次男でした。津波でお父さん、お兄ちゃん、弟を亡くし母親と二人になりました。現在も板張りの仮設住宅で暮らしています。 5月8日、当会奨学金を受給しているファウザン君のお宅を訪問しました。中学1年生の彼は、バレーボールや自転車、サッカー、マーチングバンドなどに取り組む活発な面と、お母さんの仕事の手伝いをする心優しい面を持った、警察官を夢見る男の子です。津波の際、お母さんと隣村まで流されましたが、流されてきた木々が積み上がった場所に運良く辿り着き助かったそうです。当時、彼は6歳でしたが災害時のことはほとんど覚えていないそうです。先月4月11日に発生したM8.6のアチェ沖地震の時は、泣いて家に帰って来たそうです。


奨学金について

心と心がふれあう関係を目指して、活動を支えて下さっている皆様を紹介する「私たちの絆」。
今号は、当会会報「PAC通信」の作成舞台裏を紹介させていただきます。

戸田 恵さんのメッセージ

共に生きていくことの意味。
私はこの会報を制作させて頂いている中で、アチェでの出来事や東北での支援など、自分の知らなかった現状を多く知る事ができました。 そんな中、加古川さんから「岩手県の大槌町へ訪問するんですが、同行しませんか?」というご連絡を頂き、大変びっくりした事を覚えています。 とてもありがたいお話でしたが、本当に皆さんのお役に立てるのだろうかと一抹の不安もありましたが、母から「感謝をして行って来なさい」と言われ、やれる事をやろうと思う事が出来ました。 アチェの皆さんは、私のつたない英語に笑顔で応えてくれ、本当に多くの心遣いを頂きました。道中に教えてもらったアチェの音楽を今もたまに聴いて、皆の事を思い出します。大槌町を訪れた際は、学校や集会所などで多くの方々とふれあいの場を頂き、そして沢山お話をさせてもらう中で皆さんの穏やかな笑顔と、互いに助け合うこころ、共に生きていくことの意味を感じさせて頂きました。 今回私は本当に素晴らしい出会いを与えて貰いました。ありがとうございます。
同行させて頂いた皆さん、機会を作って下さった石田さんと加古川さんに心より感謝致します。


このコーナーでは、私たちと一緒にインドネシア・アチェ州での活動を支えてくれている仲間のメッセージをお届けします。

今号は、晃月スクール日本語教師のSarah Jumalia(サラ・ジュマリア)さんです。家庭では3人の子供を育てる母親として日々奮闘しているサラさん。前号で紹介させていただいた英語教師のエファさん同様、子供と関わることが大好きなサラさんは、2007年の「晃月スクール」企画発足当初より今日まで淡々と会の活動を支えてくれています。

アチェの子供達の人格形成と夢ある将来へ

私が日本語に興味を持つようになったのは、1992年に東京で行われた国際青少年赤十字の会議に参加する機会を得て来日したことです。当時、私は高校生で日本語を話すことができず、日本人の友達やホストファミリーとのコミュニケーションがとても難しかったです。でも、日本滞在の間とても幸せで日本に感動を受けて、すっかり日本のことが大好きになりました。これがきっかけとなり、高校を卒業した後、日本文学を専攻するために西ジャワ州バンドンにある大学に入学しました。

その後、津波の前まではジャカルタで暮らしていましたが、津波をきっかけに夫とアチェに戻りました。アチェでは、日本のNPOと恊働してマングローブの植樹や津波の傷跡を記すためのポールを立てたりするなどの活動を手伝っていました。その頃、私の姉が「語学スクール」を企画しているNPOがあるということで圭司さん(加古川理事)とアデさん(元当会ジャカルタ代表)を紹介してくれました。その時の圭司さんの言葉が深く心に残っています。「良心、市民の会」は「一時的な活動ではなく、アチェの将来を担う子供達の教育のために語学スクール開校を企画しています」と。

2007年の晃月スクール開校当時、教師は私とエファさんの2人でした。1年目は本当に大変でした。ただ日本語を教えるだけでなく、一部の生徒は津波で孤児となり、その子供達が抱えている問題を理解しなければなりませんでした。しかし、そのことが良い教師となるために私を成長させてくれたと思っています。何人かの生徒が問題に直面して晃月スクールを離れてしまったことはとても悲しいことでしたが、同時に生徒達がひらがなやカタカナを読んだり書いたりできるようになっていく素晴らしい瞬間を見ることがとてもうれしかったです。 そんな私にとって、最初の生徒達のことを一生忘れることはないと思います。ルバラン(イスラム教の大祭)の時、彼らが一緒に私の家に来て、晃月スクールでの私との物語をうれしそうに話してくれました。また、将来日本に行きたい夢も語り、生徒達の心を開くことができたと思いました。2年目には橋本渚さんが日本語教師としてアチェに来てくれました。私たちと一緒に一生懸命活動を支えてくれました。彼女は実の妹のような存在で私の家族はとても彼女を愛しています。2年目以降、新しい学生とともに新しい息吹が訪れ、生徒たちも晃月スクールの意味や現地で活動を支えてくれているLCOについてより詳しく知るようになり、現在の晃月スクールに繋がっています。
最後に、「晃月スクールは単なる語学学校ではなく、アチェの子供達の人格形成と夢ある将来への動機付けとなり、卒業していく生徒達が将来のアチェに貢献していってくれることを願っています。

2012年5月2日 Sarah Jumalia

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