PAC通信 vol.26

祝!謹賀新年


新年あけましておめでとうございます。昨年も一年間、当会の活動を支えてくださった皆様に改めまして心よりの御礼を申し上げます。
昨年12月26日、未曾有の災害となったスマトラ沖地震・インド洋大津波から9年の歳月が過ぎました。 混乱と深い悲しみの惨状から始まった当会活動も、おかげさまをもちまして淡々段々と継続させていただいており、 昨年には晃月スクールの卒業生が中心となり自立に向けた取り組みが始まりました。 これまでたくさんの方々からいただいた御恩に対する感謝と報恩の気持ちでもって立ち上がろうとしているアチェの子供達とともに、本年度も歩んで参りたいと存じます。
今年も一年間、皆様の変わらぬご声援とご協力の程よろしくお願い申し上げます。2014年も良き年となりますように!

新年のごあいさつ

新年明けましておめでとう御座います。社会情勢何かと厳しき中にも関わりませず、昨年も温かきご支援を賜り誠に有難う御座いました。
スマトラ島沖に発生した大地震による津波がインドネシアのアチェ州を襲ってより早九年が過ぎ去りました。それまで平穏に暮らしていた二千数百人の子供さんの大切な父母・兄妹・親戚・家・畑など全てを奪われてしまいました。その被害に遭われた子供さんの支えに少しでもなれたら、少しでも元気づける事が出来たらと、又ジリツ(自律・自立)のお役に立てたらと願い、皆様と一丸と成ってご支援をさせて頂いて居ります。
子供さんに支給させて頂いている奨学金も、当初LCO(アチェ州で直接子供さんをお世話している活動協力団体)がお世話している218名中20名の子供さんの支援から始まりましたが、現在は全員のご支援をさせて頂いていますが、18歳を迎えられたり、他の事情等で127名お世話させて頂いています。
又、将来に向かっての、子供さん達(一般の子供さんも含む)のジリツ(自律・自立)に向けてのお手伝いとして、晃月スクールを開いています。 開校時は、日本語教室22名・英語教室26名でスタートしましたが、現在は日本語教室55名・英語教室100名の子供さん達が学んでいます。昨年4回目の卒業式を皆でお祝いすることができました。
そして今、子供さん達が動き始めました。日本の皆さんから頂いた温かい心を、今度は自分達がその心を社会にお返ししようと、晃月スクールの卒業生の有志が中心となり又、奨学金を受け卒業された有志と共に【晃月スクールアソシエーション】と名付けてボランティア活動を始めています。どうぞ皆様、ジリツへ向けて動き出している子供さん達を温かく見守って下さい。
尚、もうすぐ3年目を迎えようとしています東日本大震災の復興へのお手伝いとしては、同志の鍼灸隊のメンバーが、定期的に2ヶ月に1度訪問をさせて頂いて居りましたが、一旦完結をし、これからは現地の方々と連絡を取りながら随時訪問をさせて頂く様になりました ご挨拶に伺った際には、心からの御礼の御言葉と共に心温まる感謝状を頂きました。
皆様本当に有難う御座いました。
牛歩では有りますが、一歩一歩進ませて頂いて居りますこと重ねて御礼申し上げます。今年も厳しき1年になる事と思われますが、何卒引き続きの温かきご支援宜しくお願い申し上げます。

日本人学生アチェで日本語指導!(内田萌さんアチェ活動報告)

内田萌さん 名古屋の椙山女学園3回生の内田萌さんが8月26日から9月17日の間、アチェでボランティア活動を行ってくれました。彼女は学校で日本を教える勉強をしており、私たちの活動でのボランティアにピタリとはまる。彼女は持ち前の明朗さでアチェでも子供たちのみならず先生やスタッフの心を掴みました。 彼女の滞在中に晃月スクール第四回卒業式があり、その準備にも力を出してくれました。以下、彼女の活動報告を掲載します。

共に経験を共有できた事が嬉しいです。

大学で日本語教員になるための勉強をしているとはいえ、教えた経験はまったくなく、出発前は正直、自分に勤まるのか不安であった。初めて晃月スクールに行った時、廊下であった生徒たち自身から「こんにちは」と声をかけられた時に、とても嬉しく、またすがすがしい気持ちになった。あいさつをされてこんな幸せなのは初めてで、と同時に不安ではあるものの、自分にできることすべてを彼らに教えようと、気合が入った。
晃月スクールで授業を始めて数回たって、授業をすることは体力が必要だということに気付いた。というのも、できるだけ分かりやすい表現を選びながら、生徒たちからの質問に答えたり、教えたりすることは、私が予想していたよりも難しかったからである。ある生徒は「“ここで”と“ここに”は何が違うのですか」と聞いた。このような日本語の前置詞の違いは大学で学んできたものをその通りに説明しても、私が教わったものは対日本語母語話者であったため、生徒には少々難しいようだった。そこで私なりに咀嚼して簡単な表現に言い換えたのだが、これを考えるのに時間がかかった。しかしだんだん授業回数を重ねていくうちに、私も慣れてきた。一番分かりやすい教え方は例文をたくさん用いて説明する、ということを知ったあとは授業もスムーズにいくようになった。


晃月スクールのほかに、2つの高校で日本語を教える機会があった。1つ目は女子校で、教室に入った途端の大歓声と彼女たちのエネルギーに驚いた。発音練習では大きな声で言い、ゲームもとても盛り上がり、日本語を勉強することを楽しんでいることに感動した。私の自惚れかもしれないが、私が教える前と教えた後の彼女たちの発音が格段に上手になっていた。また、日本についての質問の時間があった。私の答えが彼女たちの日本の知識になっていくことに少しためらった。日本のことを知っているつもりでいたがまだまだ知らないことはたくさんあるのだと感じた。もう一つの高校は典型的な共学であった。クラスの雰囲気は男子が少しやんちゃで、女子が落ち着いていた印象がした。同じ日本語のレベルである同じ高校生でもだいぶ印象が違うことに驚いた。2つの高校に行って感じたことは、晃月スクールの生徒は日本語でよく話しかけるということである。たとえ日本語初心者でも、知っている単語を並べて話しかけてくれる。日頃から、先生が話しやすい授業環境を作っているのだと思う。


初めの頃に比べると私の教え方や話し方もだいぶ良くなったと思う。しかし、最後までどうすればいいのか分からなかったことがある。それは、日本語と英語のバランスである。ある生徒から「“楽しい”と“おもしろい”の違いは何ですか」と聞かれたので、英単語を用いて説明した。また、ある生徒は私が英語を話せることを知って、日本語で話しかけることをやめてしまった子がいた。その子は分かる時は日本語を使ったが、ほとんど英語だった。今思うと私が英語を話せるということが、彼女らの日本語を学ぶ機会を奪っているのではなかったのだろうか。言語はアウトプットしてこそ身につくのだから、特に後者の生徒は日本語で話すという機会が減ってしまった。この生徒が英語で話しかけられても私は日本語で答え続けたが、日本語の勉強を一生懸命しているのを知っているだけに、どうすればいいのか分からなかった。生徒からすれば英語も日本語も外国語だから、二言語を話す良い機会なのかもしれない。しかし日本語クラスの生徒だから、難しくても日本語で話すことに挑戦してほしかった。

アチェで過ごしたこの3週間、心から楽しかった。ホームステイさせていただいたサラ先生のご家族、特に子供たちはとても人懐っこかった。LCOのスタッフはいつも底なしに明るく、オフィスに行くたび元気をもらっていた。晃月スクールの生徒たちは一生懸命に日本語を勉強していて、私に伝えようとたくさん話しかけてくれた。アチェの人は私を“日本から来たお客さん”ではなく、“晃月スクールの家族の一員”として歓迎してくれた。彼らに何を残せたかは分からないが、私は彼らからたくさんのありがとうをもらった。東日本大地震の時、私はなんて無力なのだろうと、何もできない自分が悔しかった。だから私は、今は何もできなくても将来誰かのために何かをできるように、大学で勉強を頑張った。アチェで日本語を教えて初めて、自分が今まで勉強してきたことが人のためになる、ということを実感した。だから私は日本で勉学にこれまで以上に励み、機会があるのなら、またアチェに帰って日本語を教えたい。それが彼らにできる恩返しだと思う。

アチェ訪問報告

レポート:李澤玄

10月3日にアチェに入り24日までアチェで活動した。今回の主要目的はアチェでの活動の自立化促進だ。もちろん通常活動としての日本語指導や他団体との関係強化は当然である。加えて9月に立ち上がった晃月スクール卒業生による卒業生OB会「Kougetsu School Association(KSA)」を支援することも重要課題としての訪問となった。
アチェ活動の自立は今年度の当会の主要課題として掲げており、これまでもその意識付について取り組んできた。今回は具体的な活動に落とし込んでいく手法についての話しを中心に行った。12月にもアチェ訪問の予定を立て、その時には来年度から具体的な取り組みが実施されるための実施計画を完成させることを目標にしている。今回は実施計画を立てるための考え方についてLCOメンバーや先生たちと話し合ったりレクチャーを行ったりした。次回の訪問が楽しみになるような状況になったとは言い難いが理解の度合いは深まってきたと捉えている。これまでの活動で培った強みを生かした実施計画を作成することを確認した。
日本語指導に関しては晃月スクールでの指導の他に日本語能力試験のN1を受けるメックス先生とオジ先生とは午前中に、N4を受ける生徒とは火、木曜日に勉強を行った。また今回はアンディカ、アスリル、サトゥリアなどが私の宿泊するホテルで夜9時から日本語授業を受けに来た。
N1のレベルは高く普段違和感なく日本語で私と話をしている2人が四苦八苦している。私も回答に自信を持てない問題がある。特に読解は彼らにとっては時間が足りなくなるので回答のコツのようなものを教えることになってしまった(邪道であると思うが)。N4は晃月スクールのアシスタントをしているノラさん、アメリアさんには是非とも合格してほしいと思うが彼女たちとの勉強時間をあまり作ることができなかった。しかし彼女たちの普段の努力を知っているので期待している。
夜の勉強会は初級レベルの内容だ。大学の宿題や仕事などで疲れていながらもほぼ毎日やって来た彼らには感服する。この勉強会では勉強の後の彼らとの会話が楽しかった。日本語、英語を駆使して話をするのだがその内容が面白かった。その中で彼らはこれから貯金をして来年日本に行きたいと言っていた。他者を頼らず自分自身で道を作っていく気概を感じる。


晃月スクールは現在155名の生徒が通っている。クラスによっては一人の先生では指導が困難になっているクラスもある。しかし卒業生の中からボランティアでアシスタントをしてくれる学生が出てきた。日本語クラスには昨年から二人のアシスタントがいたが、英語クラスにもアシスタントが生まれた。これからの晃月スクールはさらに発展していくであろうと予感させる状況が芽生えてきている。今回の訪問中にTANYOEという「こども園を訪問した。ここは2年前にこの村出身の当時大学3年生の学生が村の子供たちに勉強をする機会を作ろうと友人たちから本を集め図書館を開いたことから始まり、図書館と週3回の勉強会を行っている。スタッフは代表のHusunulさん、大学生4名、地元の中高生8名で全員がボランティアだ。地元の小学生105名が集まってきて勉強やレクリエーションを楽しんでいる。この素晴らしい取り組みをKSAのメンバーも今回一緒に見学をした。彼らはスタッフたちや子供たちから色々な話を聞いて刺激を受けていたようだ。

晃月スクール卒業生会であるKSAは10月に入り奨学金(JGA)受給者であったメンバーの卒業生を吸収して活動していくことになった。会長のニャクティーを始め現在30名近くのメンバーが毎週日曜日に集まり活動についてのミーティングを行っている。最初の活動として10月18日に晃月スクール在校生に対するゲーム大会を実施した。当日は強い雨のため参加者は60名ほどであったが30名近い卒業生が運営のために参加し、椅子取りゲームやダンス大会、単語当てゲームなどを楽しんだ。企画から運営までKSAのメンバーだけで行い、初めての行事を無事終えることができた。今後の予定として晃月スクール分校を卒業生たちがボランティアで運営することを考えている。現在の拠点から離れていて参加しにくい地域の子供たちのためのものだ。前述のTANYOEの様な素晴らしい活動を進めていってほしい。KSAメンバーと食事会をしたときに政策を担当しているサトゥリアがその会の閉めの言葉で「アチェでは支援してもらうことが当たり前と思う人もいるがそうではない。私たちにはお金は無いかも知れないが、知識や能力を高めてその力で支援する側になることができる。今はアチェ・ブサルのプカンバダ地域だけだが、バンダ・アチェやアチェ・ブサル、アチェ州全体そしてインターナショナルに活動する可能性がある。みんなで協力してそうなれるように努力しよう。と語った。彼らがアチェ活動の自立を促進していく原動力となることを確信した。
今回の訪問の間にイスラムの「犠牲祭」があった。その前後でパクワやスタッフがビーチで早朝から準備をして料理を作りスタッフやその家族、卒業生たちと食事をする会が催された。また、犠牲祭当日には昼はパクワの家で昼食を頂き、夕方にはサラ先生が作った料理をアシスタントや生徒がホテルに持ってきてくれた。また、アチェ最終日には夜の勉強会にアメリアやサフィラ、アブラルが来てくれた。アチェの人たちは本当に思いやりのある人たちが多くアチェに来るたびに心が癒される。私は支援活動という名の下で彼らに支援を受けていることをいつも実感している。
紙面の関係で書き足りないことが多く残っているが当会のFaceBookにアチェでの活動時の内容を記しているのでご覧いただければ幸いです。

アチェひろば

晃月スクールを卒業した子供達が将来の夢に向かって勉学を継続できるよう、昨年より開始した新たな奨学金。最初の奨学生ラマヤンティちゃんのメッセージを毎号紹介させていただきます。

健やかに生活が出来る感謝。

2013/11/26 ラマヤンティ

こんにちは、ラマヤンティです。皆さんお元気ですか?
気付いたら11月も間もなく終わり。今月末は、私達にとっての義務である病院実習の体験についてお話をさせていただきます。1ヶ月間Zainal Abidin市立病院で実習を行います。 最初の1週間は第1ジェウンパ部屋で実習をしました。その部屋は治療や手術を受けた男性の患者さんのための部屋です。第1ジェウンパ部屋での実習は前回の二学期にも実習を行ったことがあり、とても楽しかったです。看護師の皆さんも私のことを覚えてくれていていました。患者さんが次々に来られますが、新しい患者さんもみんな優しいです。先生からの課題のテストもスムーズにいきました。神様に感謝しています。
実習に励む様子 あっという間に時間が過ぎますが、第1ジェウンパ部屋での実習は、患者さんの役に立てることをたくさん学ぶことができました。ヴィヴィ(Vivi)さんが臨床指導者として指導してくれたおかげで、ヘックティングセットの使い方や正しい包帯の巻き方、患者さんとの信頼関係の築き方などを教えてくださいました。
第1ジェウンパ部屋の皆さんから私が得た体験はきっといつか役に立つと思います。その体験を決して忘れないようにと感謝しています。第3週は別の部屋でした。ポリ手術部屋で実習をしました。ポリ手術部屋は外科の患者さんのための相談室です。この部屋では今まで見たことのないケースがありました。乳癌や水頭症にかかっている小児の患者など、いろいろな病気があります。ここでは同時に医師から直接勉強することができます。相談に乗る時に医師が説明したことを理解して、たくさん知識を得ることができます。でも実習する間に少し嫌な出来事がありました。
多くの患者さんが順番を待たずに部屋に入ってしまい、受付の人は患者さんのエゴに対して結局何もできずトラブルになってしまいました。患者さんがその部屋に溢れ、やっと担当者が来て注意をしても無視されました。自分も病気で苦労しているという理由で患者さんに怒られて、早く手続きを進めさせられました。ですが、その出来事からも良い勉強ができ、患者さんから忍耐の意味を勉強することができました。

今日で第3週の2日目になりますが、今日は肺病のセクションである第2ゲウリマ部屋での実習です。伝染病の危険性がある部屋ですので気を付けなければなりません。でも覚悟を決めて、この実習をすることによって良い看護師になれると信じています。第2ゲウリマ部屋での実習がスムーズに行くように祈っています。第4週はタラッサエミア部屋です。病院での実習を通じてたくさんの知識を身に付けました。今、健やかに生活を過ごせることが感謝すべき神様からの何よりものプレゼントであると思っています。皆様、どうぞ健康で健やかにお過ごしください。

ノエラ ナディアちゃん

ちょっと忙しいけれど、とても楽しいです。

皆さん、お久しぶりです。ノエラ・ナディアです。日本では寒い日々が続いていると思いますが、お元気でお過ごしのことと思います。
昨年シャクアラ大学に入学しました。私の専攻は料理です。将来はパティシエの先生になりたいです。月曜日から土曜日まで忙しいです。月曜日と水曜日と金曜日の朝は8時から午後2時まで大学で勉強します。昼は3時から5時まで晃月スクールの生徒に日本語を教えます。火曜日は朝8時から夕方6時まで大学で勉強をします。木曜日は朝8時から午後3時半まで大学で勉強します。それから、時々晃月スクールでオジ先生に日本語を習います。土曜日は朝8時から午後2時まで大学で勉強します。昼は時々オジ先生に日本語を習います。
忙しいですが、とても楽しいです。日曜日は大学と晃月スクールは休みです。日曜日は朝6時半に起きて、お祈りをして、洗濯をして、アイロン掛けをします。夕方は時々散歩したり、海へ泳ぎに行ったりします。毎日忙しいですが、とても楽しいです。以上、私からの近況報告です。
いつもご支援していただいて、ありがとうございます。近い内に私どもの方へも遊びにいらして下さい。会える日を楽しみにしています。

アメリアちゃん

いつか日本の学校に進学したいです。

どうもお久しぶりです。アメリアです。覚えていらっしゃいますか?
みなさまのおかげで昨年、シャクアラ大学に入学することができました。2年前は不合格でしたが、やっと大学生活を過ごせるようになったことがとてもうれしかったです。
専攻はファッションデザイナーです。私は将来デザイナーの先生になりたいです。大学の勉強は大変だと思います。月曜日から土曜日まで勉強します。でも友達がたくさんいますので楽しんでいます。それに今年も私は1年間、晃月スクールで日本語を教えます。私の予定は毎日あります。月水金は朝10時から午後1時まで大学に通って、晃月スクールで午後3時から5時まで初級日本語を教えて、火曜日と木曜日にはオジ先生と日本語を勉強しています。
私の希望は一つだけです。いつか日本の学校に進学したいと思っています。可能であれば、卒業したらもっと日本語を勉強したいと思います。これからもどうぞよろしくお願いします。

孤児たちの今

津波での悲しい出来事を背負いながらも毎日一生懸命頑張っているアチェの子供達を紹介させていただく「孤児たちの今」。 今号では無事に高校を卒業してそれぞれの夢に向かって頑張っている子供達のメッセージを紹介します。

ミトラ アンディカ マルスディくん

ミトラ アンディカ マルスディくん
奨学金の受給期間:2011年~2013年5月

2013年8月、メスラ交差点にあるAMIKI大学に入学しました。専攻はITで、一週間のうち木・日曜日の二日が休みで週5日通っています。私は3年間の課程を選んで、時々休みの日も学校の課題と宿題をしています。授業時間は午前と午後があって、一日二つの授業があります。
金曜と土曜日の授業はいつも午後5時~7時に行われ、ほかの日は午前8時か10時に始まり、昼の時間に終了するようになっています。学校は家から30分の距離です。時々、先生からの課題と宿題のない日があり、家でゆっくりしています。AMIKIで勉強することによって、良い成績で3年間の課程を終了できるようにがんばります。そうなると、将来は警察官になれると思います。
私は今KSA(晃月スクール同窓会)に入っています。KSAという会は晃月スクールとJGAプログラムを終了した学生の集まりです。週一回、日曜日の午後3時~5時に集まっています。私は今も、親と弟とアジュンーラムハサンというところに住んでいます。以上です。どうもありがとうございました。

イナ ザハラちゃん

イナ ザハラちゃん
奨学金の受給期間:2010年~2013年5月

私は大学に通っています。今年の8月から勉強がはじまり、そのとき大学の名前の変更がありました。昔はIAIN Ar-Raniry(アルラニリ・イスラム教国立学院)という名前でしたが、今はUIN Ar-Raniry (アルラニリ・イスラム教国立大学)になりました。私が選んだ専攻は伝播学部の伝播管理です。授業は週5日、月・木・金・土・日曜日で、火・水曜日は休みです。
私はおばさんと一緒に住んでいます。休みの日は家でおばさんのお手伝いをします。日曜日の授業はいつも半日行われます。それ以外はいつも午前から午後までです。家からキャンパスまで45分ぐらいです。家に帰ったらちょうどマグリブのお祈りの時間かあるいはマグリブの後の時間になります。宿題がたくさんありますので、ほぼ毎日やっていますが、コーランを読むのが火・水・金の夜になっています。
私はKSA(同窓会)に入会しました。私たちは午後3時から5時まで毎週日曜日に集まっています。

デシ ラーマワティちゃん

デシ ラーマワティちゃん
奨学金の受給期間:2007年~2013年5月

今私は大学に通っています。学校のキャンパスはラムプリットにあり、ザイナル・アビディン市立病院の隣ですが、学校のオフィスはラムプネルットというところにあります。前の学校の名前は看護保健局大学でしたが、今はアチェ州厚生保健省医療技術大学になっていて、今年の8月から勉強が始まりました。
私が選んだ専攻は自分の希望通り3年間の看護師課程です。月・火・水・木・金曜日の週5日、学校は午前から午後まで、土・日は休みです。土曜日はファディさんのKSAのための勉強会があり、日曜日は同窓会の集まりがあります。休む時間がなくて、論文や宿題など毎日準備しなければならなくて大変です。特に学期の半ばに向かって、この12月にはモーニングケアーという実習が始まります。
キャンパスまでの距離は30分です。月・火・水曜日は病院で朝礼があります。毎週木曜日の午前中にはイスラムの授業があり、毎週金曜日に体操があります。休みの日はゆっくりしていますが、時々宿題もします。私は今KSA同窓会に入っています。この会はKSとJGAの卒業生の集まりで、毎週日曜日の午後3時から5時まで集まりを持っています。

イラニ・ノファちゃん

イラニ・ノファちゃん
奨学金の受給期間:2010年~2013年5月

今年LIMCOM(IT管理学院)に入学して、オフィス管理の専攻を選んで、8月に勉強が始まりました。一週間に5日キャンパスに通っていて、金・日曜日は休みです。授業は朝から昼の時間までです。午後の時間は宿題をやって、夜は先生からの課題をします。
今、まだウレカレンに住んでいて、弟と従兄弟と生活しています。私は1年間たったら是非BCA銀行かBRI銀行などで実習して働きたいです。
学院での勉強の期間は一年間だけです。次の一年間は自分の希望通り実習ができます。二年間の課程なので、必死に勉強しないと試験の時に何も答えられないので心配です。そして、もし遊んだら絶対に良い成績は取れないのです。失敗したら最初から繰り返さなければならないので、それは許されないです。

デウィ ラーマリア ニンシーちゃん

デウィ ラーマリア ニンシーちゃん
奨学金の受給期間:2011年~2013年5月

今年の9月からシャクアラ大学の農学部で毎週月・火・木・金・土曜日に農業ビジネスの勉強をしています。今月は学校に通ったり、踊りの練習をしたりしています。
火曜日の授業は午前8時から午後6時まです。水曜日は休みで、日曜日、そして木曜日の夜には「チュット ニャック ディン」という美術のスタジオで踊りの訓練をしています。 この二週間の間、期末試験が近づいて、その準備と授業の宿題でとても忙しくなりました。問題がなければ、来月に第一回目の期末試験を受けます。ちなみに学校までの距離は45分で、もし道が混んでいたら1時間もかかります。わたしは今も家族と一緒にプカンバダのグラー村に住んでいます。

東日本大震災活動報告

レポート:李澤玄

12回目の整体施術による相馬での活動を11月8日、9日の両日で行った。今回の活動参加者は向井先生、清水先生、宮下さん、清水えりかさん(清水先生の次女)、加古川さんに私の6名。
初日の大野台第二仮設住宅での施術は予約者が6名という人数でのスタートとなったが、清水先生と加古川さんが各家庭を訪問し最終的には24名の方に施術を行うことができた。二日目の報徳庵では19名の方に施術を行い、合計43名の方への施術となった。
大野台仮設住宅は入居者が復興住宅や永住用の住宅への引っ越し、他地域への転出などで半減している。年内にはさらに多くの方が転出するそうだ。復興に向けて動き出したことで仮設住宅の居住者が減少するのは良いことではあるが、残っている人たちは居住者が少なくなっていくことで孤独感をより強く感じる環境になってきているようだ。この状況への対策が望まれる。
2011年4月初旬から始めたこの活動も今回で最後とすることになった。施術を通して会話をすることで被災者の心に寄り添う定期的なこの活動はひとまず役目を終えたと判断した。今後も復興の隙間で苦しんでしまう可能性を持つ方々への取り組みは必要になると思う。形を変えて今後もこれまでの絆を大切にしていきたいと考えている。
これまで渡邉さんを始め、「みなとや」の菅野さん、「はらがま朝市クラブ」の高橋さんやスタッフの方々、押田さん、報徳庵のスタッフの方々など多くの方のご協力を頂き、この活動を継続することができたと思います。本当にありがとうございました。
文末になりますが、この活動を中心になって支えてきた向井先生と清水先生の言葉を添えておきます。

東日本大震災活動報告

「おかげさま。」 向井 清

「おかげさま。」 向井 清

相馬市初訪問よりフル参加の清水先生を始め、多くの施術の先生方、また、多くの会員の皆様のご協力のおかげで、事故もなく活動を終えることができました。それぞれの「おかげさま」に感謝し、厚く御礼申し上げます。
「避難所:スポーツアリーナ相馬」の御縁で「みなとや」の菅野さんには仮設住宅(大野台)での施術の準備をご協力いただきました。また、避難所代表だった渡邉さんの御縁で、NPOはらがま朝市クラブの高橋理事長と多くのスタッフの皆様には大変お世話になりました。感謝の念で一杯です。 仮設住宅の入居者が減少している等の理由で、今回で活動を終了することになりました。まだまだ復興には時間がかかると思われますので、機会を作って訪れたいと思っています。
最後に、菅野さんから届いたメールを紹介させていただきます。「本当に今まで、楽しい思い出をありがとうございました。この思い出をバネに前進していきます。今まで遠い所から本当にありがとうございました。

「福の島の家族」 清水 眞喜子

「福の島の家族」 清水 眞喜子

今回のボランティア活動を終え振り返って思うことは、二年八カ月前に起こったあの大災害以降、被災地の皆さんが大きな家族として互いに声を掛け合い、力を合わせ助け合って来られたこと。そして、励まし合って徐々に徐々に、明るくここまで根気強く生活してこられたことに大きな感動を受けました。
日本の福の島。福島県や近隣の県が大きなダメージを受けたこと。他人ごとではなく、これからも応援させて頂きたいと思っています。
また、今回はとても残念なことに、毎回ボランティア施術を心待ちにして下さっていたおばあさんが、私たちが訪問する少し前に急逝されておられました。小柄でパッチリ目の彼女はいつも一番乗りで来ては、福島弁で出迎えてくださいました。「あんがとね!」って。寂しいですが、私たちの活動が人様の癒しや安らぎ、楽しみの少しでもお役に立てたこと。本当に良かったと思います。 活動を受け入れて下さった皆様、本当にありがとうございました。

私たちの心と心がふれあう関係を目指して、活動を支えて下さっている皆様を紹介する「私たちの絆」。
今号は、今年8月下旬から約3週間アチェに滞在して、当会活動に尽力してくれた内田さんです。
今号で萌さんのアチェレポートを掲載させていただいていますが、帰国後に改めてメッセージをいただきました。
絆コーナーにて紹介させていただきます。

内田 萌さんのメッセージ 「彼らの思いやりに励まされました。」

内田 萌さんのメッセージ 「彼らの思いやりに励まされました。」 みなさん、スラマッシアン こんにちは!昨年8月下旬から9月中旬にかけての3週間、アチェでボランティア活動をしました内田萌です。
私は大学で日本語教師になるための勉強をしているのですが、実際に教えた経験は全くなく、出発前は正直、自分に務まるのか不安でした。しかし、晃月スクールの生徒達の「こんにちは!」という元気な挨拶にそんな不安は飛んでいきました。また、地元の中学校や高校での日本語の授業では、教室に入った途端の大歓声と生徒達のエネルギーに驚きました。
晃月スクールでの授業最終日に、先生、生徒、LCOのスタッフたちと歌った「Omoiyariおもいやりの歌」は今でも忘れられません。初めての慣れない土地でしたが、アチェの人は私を“日本から来たお客さん”ではなく、“晃月スクールの家族の一員”として接してくれたことに感動し、涙が止まりませんでした。
ホームステイさせていただいたサラ先生のご家族、特に子供達の人懐っこさに癒されました。LCOのスタッフはいつも底なしに明るく、オフィスに行くたび元気をもらいました。生徒たちは一生懸命日本語を勉強していて、私に伝えようとたくさん話しかけてくれました。アチェで過ごした3週間、私はたくさんの笑顔とありがとうをもらいました。
私はアチェで日本語を教えて初めて、自分が今まで勉強してきたことが人のためになる、ということを実感しました。だから日本でこれまで以上に勉学に励み、機会があるのならまたアチェに帰って日本語を教えたいです。
最後に、PAC・LCOを支えている皆様、李さんを始め現地スタッフの皆様、生徒の皆様、そして応援してくれた家族に感謝の思いで一杯です。本当にありがとうございました。サンパイ ジュンパ ラギ またお会いしましょう!

Kakoji's コラム

街灯だけが寂しく灯る浪江町の駅前通り このコーナーでは私・加古川圭司こと「カコジ」が日常の体験談や感じたことをお伝えしていきます!

今年も心を寄せて。

新年あけましておめでとうございます。今年も一年間よろしくお願い申し上げます。
昨年11月9日、福島県相馬市における鍼灸活動の一区切りを迎えるに当たり、これまでの御礼と感謝を伝えるべく仲間とともに相馬を訪問しました。
向井さんや清水さんを始め、これまでに相馬を訪問した仲間、そして現地での活動を支えてくださった渡邉さんをはじめとする相馬の皆様との心の触れ合いを通じて何者にも変えられない絆が生まれたことを本当に有り難く思います。
また、相馬の礎となって地元の人々を支えている相馬中村神社の変わりない様子にもホッとし大変嬉しく思いました。
滞在中、福島の現状を少しでも感じられるように福島第1原発に向かって行ける所まで国道6号線を南下しました。原発から約8kmの所まで行くことができましたが、日暮れ時だったこともあり浪江町の避難指示解除準備区域に入った時には胸に迫るものがありました。震災5日目に福島市で出会ったご夫妻が浪江町の方だったこともあり、街灯だけが寂しく灯る町の景色に言葉にできない気持ちになりました。
東日本大震災から間もなく3年目を迎えます。日本全体を見ると明るい雰囲気が少しずつ増してきたように思いますが、被災地域はまだまだ先が見えない状況であることを実感しました。無力ではあるけれど、これからも東北の方々に心を寄せて日々を過ごして行きたいと思います。

|| 晃月スクールとは

2007年8月5日、地域の子供達を対象に教育水準の向上を目指して開校した授業料無料の語学教室。アチェ州・公立プカンバダ第一中学校との協力のもと、日本語と英語の授業を実施。2013年11月末現在、計155名の生徒が在籍。

|| 奨学金(JGA)について

奨学金(JGA)について2013年11月末現在、127名の災害孤児を対象に生活保護を含む就学支援として、毎月一人300,000インドネシアルピア(現在のレートで約2,552円)の奨学金を給付

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