PAC通信 vol.28


~ご挨拶~

「良心、市民の会」の活動にご賛同賜り、何時も温かく見守って下さっています多くの皆様、昨年も一年間本当に有難う御座いました。 世情大変厳しき中又、国内での経済も不安定で落ち着く事もない中にも拘わりませず心を寄せて頂いて居ります事重ねて感謝と共に御礼申し上げます。

現在は、先のスマトラの大津波によって大切なものを亡くされた子供さん達100名(18歳までの援助とさせて頂いていますので年々卒業されます)の方への就学支援を初めとし、子供さん達の健康状況・家庭環境・学校や地域での状況・成績・イベントでの活躍状況等々の把握に努め又、夢に向かって進んで行けますようにと願いメンタル面でのサポートが少しでもできる様にその強化にも力を注いでいます。
晃月スクールの活動につきましては、現在、生徒さん178名(英語科112名・日本語科66名)が学んでいます。
昨年は、8名の生徒さんが、日本語能力試験に挑戦し7名が日本語検定5級に合格しました。
今年も、より一層のレベルアップに努めたいと思います。 又、当会の活動を広める一環として、日本の学生さんによるアチェでの日本語の指導や・子供たちとの交流を行っています。 昨年は5名の学生さんに2週間〜3週間の期間参加をして頂きました。 今年は、長期滞在し協力をして頂ける方の検討もさせて頂きます。等々その外沢山の活動を皆様の代理としてさせて頂いております。
長年、地道に活動を続けさせて頂いています事により、LCO(現地の協力ボランティア団体)は、アチェの中に於いて多くの人々に知って頂ける様になり様々な行事に参加したり、色々な支援を受ける事が少しづつ出来るように成って来ています。
本当に有難う御座います。

色々申し上げましたが、この様にアチェの子供さんたちへの活動が出来ますのも、皆様のご理解と温かいご支援の賜物です。
今年も、より一層のご理解を賜り引き続きのご支援を頂けます様宜しくお願い申し上げます。
良心、市民の会理事長 永尾 嘉基

アチェ訪問報告
レポート:李澤玄

9月9日は晃月スクールの第五回卒業式が行われた。良心市民の会からは、宮下健一さんと李が参加した。卒業生は英語コース17名、日本語コース5名で計22名だ。卒業生会が中心になって約一週間かけ準備し、運営を行い、LCOや先生がフォローして実施された。今回の卒業生も準備や片づけを手伝い自分たちで作る卒業式になった。
卒業生の準備委員会代表Andika君のあいさつ、卒業生会(KSA)のNoeraさんのあいさつが最初に行われ来賓あいさつが終わったところで「今から卒業式を行います。」とのMCのアナウンスの後、卒業証書授与式、写真撮影が行われ、英語コースのSyaraさん、日本語コースのMaghfiraさんから答辞が述べられた。「OMOIYARIの歌」を在校生が披露した後にTiaさんとAbrar君からNPO地球対話ラボのプログラムによる日本訪問の報告が行われた。
一部の最後には晃月スクールの7年目とKSAの一年目の誕生日を祝いケーキカットなどが行われ昼食の時間となった。二部ではダンスや歌が次々に披露され、イスナン、ユディのコメディアン顔負けのパフォーマンスやイチャさんのプロ歌手のような歌も披露された。ダンスミュージックでは多くのメンバーが壇上に上がりダンスを踊って盛り上がっていた。平山さんと李さんの送別会も兼ねた形になり心温まる場面も多く、アチェの人たちの温かさを改めて感じる時間だった。この子たちには能力を伸ばしてもアチェの中ではそれを発揮する場が少ない。そのような場を創造していくことがこれから重要になる。
大人たちが協力しその場を増やせるようにしていくことが子供たちの将来にとって重要であるし、それを作ることがモチベーションの継続に必要だと考える。

アチェにて


晃月スクール第5期卒業生名簿


日本語コース卒業生

Danielさん

Danielさん

晃月スクールの先生はみんな良い先生です。教えるときに冗談も交え勉強が面白くなりました。
教え方が本当に上手だと思いました。LCOのスタッフはいつも優しくお世話になりました。友達も優しい人ばかりです。
日本から来てくれるボランティアの先生は女の人ばかりでした。私が晃月スクールで学んでいる間に男の先生が来たのは一人だけでした。できれば男の先生もアチェに来てくれるとうれしいです。


Maghfiraさん

Maghfiraさん

晃月スクールのおかげで日本語や日本の文化を勉強し始めました。二年間日本語の勉強をして多くの外国からの友達ができました。英語以外ではやっぱり日本語が大切です。そして自分の能力を伸ばすためにラムロン第一小学校で日本語を教えています。日本語を頑張って勉強したおかげで今年の春に日本へ行きました。忘れられない経験です。素晴らしい友達、優しい先生方、本当にお世話になりました。心を込めて「ありがとう」を言いたいです。
だれもが夢を持っています。その夢を実現するために真剣に取り組んでください。自分のベストを尽くしてください。晃月スクールはいつもそういう資格を持っているアチェの子供が作られることを祈っています。


英語コース卒業生

Rizal Saputraさん

Rizal Saputraさん

私は晃月スクールの生徒であることを本当にうれしく思っています。私は晃月スクールで素晴らしい経験をしました。私は友達や先生方と喜びとともにある、まるで大きな家族のように過ごしました。また、そこで日本やアメリカ、オーストラリアから来た10名の外国人と出会いました。彼らと文化や多くの経験をシェアできたことに私は喜びでいっぱいです。
メックス先生、デシ先生そして私たちに多くのことを教えてくれた先生方、本当にありがとうございます。私は今英語が話せるようになってここを卒業します。私は皆さんを愛しています。


Dini Zulva Rusliさん

Dini Zulva Rusliさん

晃月スクールで3年間学びました。そこで多くの友達ができました。彼らはフレンドリーで優しく、本当に快活で愛すべき友人です。素晴らしい3年間をありがとうございます。KSA(晃月スクール卒業生会)にも感謝しています。KSAが開催した晃月スクールゲーム大会は大きな思い出となっています。そのゲーム大会は創造的で創作的な楽しいものでした。
メックス先生、デシ先生には大変感謝しています。最高の先生です。英語だけでなく様々なことを教えてくださいました。私はあなた達のようにありたいと思います。
日本から来ていただいた先生方は日本のことや日本の文化を教えてくださいました。また一緒にゲームをしたりもしました。これも忘れられない思い出です。LCOメンバーの皆さん、PACメンバーの皆さん本当にありがとうございました。


llham Lahiyaくん


llham Lahiyaくん 私が高校を卒業するまでの期間、奨学金を支給していただいたことに対し、LCO、PACのメンバーの方々にお礼を申し上げます。
奨学金を受給してから幾つかの問題が解消されました。この奨学金は銀行振り込みによるものなので、私はいつでもどこでも必要な時にお金を引き出すことができました。学校への支払や勉強に必要なもの、日々の生活に必要なものを買うのに便利で大いに役立てることができました。また私の親の負担を軽減することができました。この奨学金により満足のいく成績を残すことができ、国立シャクアラ大学で勉強を続けることにも活用することができます。私の希望はシャクアラ大学で農業を学び、起業して成功し親や私の周囲の人たちを喜ばせることでした。最終的にはシャクアラ大学の経済学部で学ぶことになり、大学生活は9月からスタートしています。
私は3年間奨学金を受給することで、金銭的な問題から解放され勉強に集中することができました。毎月必要な支払いを除いた奨学金を貯金し、約Rp2,300,000-の資金があり、これからの大学での勉強に活用していきます。(編集者注:大学の半年の授業料はRp2,000,000-程度です。入学し学校の奨学金取得を目指すことになります)勉強を続けていく過程で多くのことを学び自信を深め、夢を叶えることに対しこの奨学金は後押ししてくれています。
私はこの奨学金が多くの子供たちの勉強や教育を継続するために今後も継続されることを望みます。私の大学における勉学の継続には私の貯金だけでは不足するので私への奨学金の継続も希望したいですが、それはさておき私は夢を実現できるよう努力していきます。
本当にありがとうございました。

アチェ活動報告

レポート:李澤玄

今回のアチェ活動は近畿コカ・コーラで40年働きその後数年介護ボランティアを行っていた末瀬 智さんと行いました。末瀬さんとは以前私が働いていた永伸商事(株)に末瀬さんが水事業の営業として昨年から1年間働いていたことで知り合いました。私たちの活動に興味を持っていただき今回一緒にアチェへ行くことになりました。
アチェでは大津波の災害から12月26日で10年になりました。この機会に合わせて立教大学の高藤先生がシムル島のスモン伝承を題材にした紙芝居を使っての防災セミナーを各地で開催しLCOや良心、市民の会も一緒に活動させていただきました。また東京社会事業大学から先生4名と学生5名がアチェに来られ高藤先生の活動に参加されておりました。
アチェへは12月21日の夕方に入り初日は高藤先生を交え簡単な打ち合わせを行いました。KS(晃月スクール)とKSA(卒業生会)のメンバーは12月26日からの津波追悼式典での催しの準備を夜遅くまで行っていました。

翌22日(月)は午前中に紙芝居を使った防災セミナー(以後セミナー)をバンダアチェ第19中学校で行い、多くの生徒が参加して熱心に聞き入っていました。晃月スクール生のディラさんが日本語で紙芝居を読んでいましたが大変きれいな発音で驚きました。午後は晃月スクールの授業に参加し末瀬さんは日本語上級コースで生徒たちと日本語で楽しく会話をしながら日本語を教えていました。

23日(火)の午前中はLCOとKSの先生たちとミーティングを行いました。12月4日に日本語能力試験があり今回初めて在校生が2名受験しました。これまでは卒業生のみだったのですが在校生にもチャンスを広げました。これは晃月スクールの日本語授業のレベルが上がってきたことによります。結果は2月にならないと分かりませんが楽しみです。その他の報告では詳細部分の詰めが出来ていないことが多く今後の課題として伝えました。晃月スクールでの問題点はこれまでと同様で生徒たちの通う学校の授業時間が長くなったことでの晃月スクールへの参加が困難になっていることです。先生たちは様々な方法を使って一人でも多くの生徒が勉強できるように工夫をしてくれており、その継続と改善を話し合いました。午後にはKSAが英語を教えているランバルニジ小学校に行きました。リンダさんが先生をしており最近では進め方のコツを掴んだようで児童たちを上手に巻き込んで進めていました。その後JGA(奨学金受給者)のお宅に行きKHAIRUNNAS君と面談しました。中学3年生の彼は技術専門学校に進み将来は警察官になりたいといっていました。お母さんが家庭を訪問して洗濯をする仕事をしており、お兄さんは体調が悪く仕事ができないため高校を卒業したら早く仕事につきたいと考えているようです。夜には日本から来ていたKURIというアーティストの演奏を聞きに行きました。ご夫婦でアジアを中心に活動をされており今回の津波追悼式典に参加するためアチェに来られていました。

アチェにて 24日(水)は午前中にプカンバダ第1中学校とランバルニジ小学校でセミナーが行われました。中学校ではアフラさんとラダさんが小学校ではサスキアさんとシャラさんが紙芝居を読んでくれました。午後は晃月スクールでセミナーを行いマフィラさんが紙芝居を読みました。多くの質問を日本から来た大学生たちに投げかけ、最後は晃月スクールに来ていただいたお礼に「OMOIYARIのうた」を手話をつけて披露しました。日本から来た学生や先生方が涙を流しながら聞いていたのが印象的でした。

25日(木)はTABINAKAMAについてのミーティングを行いました。日本へ技能実習生を送ることについての話です。TABINAKAMAが送り出し機関になってアチェの若者を日本に送ろうと考えているのですがまだまだ準備が足りないことが分かりました。また送り出し機関になるための知識習得が全くできておらず経験だけに頼っている状況でした。早急に対処が必要になるので今後の取り組みを指導しました。夜は翌日の追悼式典でのブースの準備をしているところに顔を出しました。雨の中準備をするのが大変で多くの子供たちが手伝いに来ていましたが時間が足りない状況でした。一度私はホテルに戻り準備状況を聞いてブースに行きました。雨が邪魔をしてなかなか進まなかったのですが夜12時に電気がストップするころには最後の仕上げを残す程度まで皆ががんばりました。中でもデシ先生は陣頭指揮を取って準備を進めていました。

26日(金)は追悼式典の開催です。当初10年の節目ということもあり大統領が参席する予定でしたが大雨による各地での被害のためか副大統領の参席となりました。この日まで一週間ほど雨が続いていたのですが幸いにも雨は降らず、多くの人が参席する中追悼式典は粛々と進みました。式典終了後からブースでの活動や日本の紹介をKSやKSAのメンバーが交代で行っていました。多くの人がブースを訪れ日本の文化に触れていました。ブースでは浴衣を着てもらったり、ドラえもんのビデを流したり、日本の膳の紹介や遊びの紹介をしていました。七夕のように願いを書いたしおりを木に付けたり、紙芝居を披露したりと盛りだくさんでしたが皆で分担し来客の対応をしていました。末瀬さんは箸の使い方をゲーム感覚で教え多くの人たちから写真を一緒に取ってくださいと依頼され人気者になっていました。夜はバンダアチェ市長の招待で夕食を摂りながら各国から来られた人たちと交流する場を設けていただきました。夜遅くまで式典会場ではいろいろな団体による歌や劇、ダンスなどのパフォーマンスが披露されていました。

27日(土)は朝からブースでの活動を行いました。28日までブースでの活動紹介等は行われました。この日は夕方5時からKSとKSAメンバーによる津波の寸劇と「OMOIYARIのうた」のステージ発表です。ところが5時からの出演者の最後であったKS,KSAメンバーの発表はお祈りの時間に入ったため8時からに変更となりました。小学生もいるので困ったなと思っていましたが誰一人不平も言わず逆に楽しんで時間を過ごしていました。結局8時45分からステージ発表は行われました。この時間のほうが観客も多く素晴らしいステージを多くの方に見てもらえました。ステージの内容はFBにアップしているのでご覧いただければ幸いです。本当に素晴らしいステージでした。

28日(日)は早朝にアチェを発ちジャカルタで観光などをして日本に帰りました。末瀬さんはアチェでの体験に感動されたようで子供たちに来年も来るからねと伝えていました。アチェの子供たちは純粋で優しく努力家で夢に向かって一生懸命です。その姿を見、子供たちと接することで多くの方が幸せな気分を味わえるのだと思います。津波による大災害を経験した子供たちのなんと明るいことか。実際には津波時の話をすると涙ぐんだり言葉が出なくなったりする子供たちですが未来に向かって明るく一生懸命に前を向いて歩んでいます。

アチェ活動報告


私は2014年9月18日から21日にかけてアチェを訪問し、LCOおよび「良心、市民の会」の活動に参加させていただいた。非常に短い間ではあったが、LCOスタッフの方々の温かいサポートと子ども達の熱心に活動している姿から、非常に多くのことを学ばせていただき、日本に帰ってからも考えていく課題ができた。
大学の先輩である李烔植さんから「良心、市民の会」についてお話を伺ったことが今回活動に参加するきっかけとなった。経済の発展にとって最も重要な要素である教育に関して、地震と津波で大きな被害を受けた地域において、どのような問題があり、その問題の解決にどう取り組んでいるのか非常に興味深く、また私自身がアチェの子ども達のためにどのような貢献ができるのかを確かめたいという思いもあった。大学の友人である松木君も非常に興味をもってくれ、烔植さんのお父様である李澤玄様にお願いして2人で活動に参加させていただけることとなった。

18日は空港でパクワさんとワワンさんに迎えに来ていただいた。まずはLCOオフィスに向かいスタッフの方々と打ち合わせを行った。生徒の何人かとはここで顔合わせとなり、どの生徒も日本語か英語が非常に流暢で驚かされた。日本の高校生よりもすらすらと英語をしゃべり自分の意見をしっかりと伝えることが出来ていたので、逆にこちらが日本の教育のためにその指導法を教わりたいくらいである。

19日の午前中は松木君と私の「アチェの農業と教育について学びたい」という要望にスケジュールを組んでいただき、農業省、教育省を訪問し、非常に貴重で内容の濃いものとなった。10人近くの職員の方々からアチェの農業の概要や問題について話を伺った。収量増加、後継者確保、ネズミ害防止などの方法について日本の農家について尋ねられたが的確な返答が出来ず申し訳ない思いである。大学で学んでいることを、当事者意識をもって考え直すきっかけとなり刺激となった。帰国後に調べる課題として有益な情報を得るべく尽力したい。
教育省ではEvi Susanhさんからアチェの教育制度を伺った後、日本の教育制度に関する質問に答えた。どうすれば日本のように静かに教師の話を聞き、楽しそうに授業を受けるようになるのか、など自分も逆に答えを知りたいと思うような問いが印象的だった。農業省と同様に日本の制度や技術は進んだものとして考えられていることを知り、いかに自分達が日本について無知、無関心であるかを思い知らされた。アチェについて教えて頂くという考えばかりで、アチェの方々のためになる情報を準備出来なかったことを反省したい。持ち合わせの知識で、お答えしたことが少しでもアチェの未来のために役立てば幸いである。
午後の晃月スクールは松木君と別々にクラスを受け持った。前半は小学生から高校生ほどのクラスにて日本語の授業を行った。幼い子ども達(10歳程)が日本語で自己紹介をしてくれた。日本語を学び始めてまだ1週間だというのにきれいな発音で自己紹介する姿に非常に驚いた。少し緊張をしているようだったので、腰を下ろし同じ目線になり笑顔で優しく声をかけることを心がけた。次は、中高生くらいの子ども達に混ざりお互いに日本語で質問を投げかけ合った。最初は8名程だったが気付けば様々な年齢の子が混ざり20人程になっていた。J-POPの曲を歌ったり、漢字の覚え方を教える一方で、子ども達からインドネシアのダンスを教わった。次々に質問されアチェの子ども達の積極性を強く感じた。漢字が覚えにくいということだったので「くさかんむり」や「さんずい」などの部首の意味を教えて覚えやすくしようと試みた。反応はなかなかよかったが時間も少なく準備もしていなかったので不十分なものとなってしまった。やはり長期滞在をしないと効果のある教育は難しいと感じた。後半は高校生のクラスにて英語で相互質問を行う授業を行った。初めは自分の研究内容などの真面目な話だったが途中からは恋人の有無などのカジュアルな内容になった。私の質問(アチェでおススメの場所など)にも教室中から答えが返ってくるなど驚くほど積極的であった。ただし教育省でも話題に出たように「順番に質問をする」「話を静かに聞く」といった態度があまり身についていない印象をうけた積極的な姿勢と静かに話を聴く姿勢を両立させることの難しさを感じた。将来の夢を聞くと通訳、建築士、教師など様々なものがあげられ興味深かった。

20日の午前中はSMA2(第二高校)で授業を行い、午後は津波ミュージアム、Lampuuk Beachと巡った後、シャクアラ大学でプレゼンテーション、夜にLCOオフィスでKSA(卒業生会)のメンバーとミーティングを行った。SMA2では松木君と2人でプレゼンを行った。高校2、3年生合同であったため3年生の一部からは積極的に奨学金などについて質問があがったが、大部分の学生はあまり興味がないようだった。前日のKSAと異なり静かにプレゼンを聞いてくれる一方リアクションが薄いことに驚いた。一通り質問が終わった後、松木君は3年生のグループで東京大学についてより詳細な説明と質問受け付けを行った。私は2年生のグループでフリートークを行ったのだが、それに変わった途端「好きなアニメは?」「趣味は?」といった質問が次々と飛び交った。リクエストがあったのでダンスを少し披露し(私がダンスサークルに所属しているため)、松木君と「世界に一つだけの花」を歌った。驚いたことに生徒達が「妖怪ウォッチ」のダンスを披露してくれた。その後もKiroroの「未来」、アンジェラ・アキの「手紙」も歌ってくれたが、私達はAKB48の「ヘビーローテーション」をリクエストされたが分からずすぐに終わらせてしまうなど、生徒達の方がメジャーな日本文化に詳しいほどであった。生徒達のリクエストに答える形が多くなったが、もう少しこちらから新しい日本の文化や情報を伝えることができればよかったかなと思う。津波ミュージアムでは当時の被害の甚大さを深く理解することができた。ミニチュアで津波の大きさや被害の範囲を表してあり印象的であった。海岸や道路がきれいになったアチェしか見ていないが確かに津波の大きな被害を受けたのだということを改めて思い知らされた。
その後はLampook beachへ行った。海も景色も非常に美しいビーチだったので深く感動すると同時に、この美しいビーチが数年前にはぐちゃぐちゃだったということが信じられず複雑な気持ちであった。シャクアラ大学ではElly Kesumawati教授に挨拶をした後、農業技術学科の大学院生の前でSMA2と同様のプレゼンテーションを行った。松木君と私は東京大学への留学を考えている大学院生を想定して準備したが、実際は東京大学自体を知らない学生が大半であり、興味深い内容のものではなかったのか質問もあまり出なかったので、松木君の研究内容(土壌測定、除染等)を発表したところ、積極的な質問が得られた。放射能の問題も日本特有の問題であるので、予め準備していればより分かりやすい発表ができたのではないかと思う。
KSAとのミーティングではメンバーから活動内容をプレゼンしてもらい、その後松木君と私が東京大学についてのプレゼンを英語と日本語を交えながら行った。メンバーのうち数人が学校で英語や日本語を教えていることを知り感心した。私達のプレゼンに対してもメンバーの何人かが日本の大学に留学したいということもあり積極的な質問を受けた。プレゼン後のフリートーク中には松木君の誕生日サプライズが行われ大いに盛り上がった。

21日はパクワさん、ワワンさん、アメルさんに空港まで見送りをしてもらった。3泊4日という非常に短い期間ではあったが、一日一日が非常に濃く本当にたくさんのことを学ばせて頂いた。子ども達とふれあって驚いたことは、日本に対してとても興味を持っており、日本語や英語といった外国語を話すことが上手いこと、そして学ぶことへの意欲が高いことである。日本の子どももこのような積極性を身につけるにはどうしたら良いかと考えさせられた一方で、日本の子ども達の学校での姿勢をどうすればアチェでも教育できるか尋ねられたのが印象的であった。アチェの人々は日本のことを学びたがっている。自分が生まれ育った日本のことを深く理解することがアチェの人々のためにとても重要であることを今回の活動で強く痛感した。短い日程のなかで多様な活動ができるようスケジュール調整してくださった李さん、LCOスタッフの方々に深く感謝の意を示したい。この活動だけで終わりにするのではなくこれからもコンタクトを取り合ってお互いに学び合える関係を続けていきたい。

アチェでの日本語教育活動報告

兵庫県の甲南大学2年生の平山 美織さんと、李 真希さんが8月23日から9月11日の間、アチェでボランティア活動を行ってくれました。 彼女達は慣れない環境の中、明るく元気に日本語の教育活動を行ってくれました! 彼女のボランティア活動報告を掲載します。

平山 美織さん

アチェにある人々の絆の強さと優しさ。

アチェで過ごした時間は私にとって忘れられない日々になりました。アチェでは本当に良い経験が出来たと思います。また、新しい世界を見る事ができ、自分の視野が広がったように感じます。
アチェで日本語の授業をして思ったことは、アチェの学生はとても元気な子が多いという事です。私が何か学生に呼びかけると大きな声で反応が返ってきます。質問もたくさんしてくれます。みんなとても楽しそうに授業を受けてくれるので、日本語を教えたことのない私でも、楽しんで授業をする事が出来ました。
しかし、授業をするという事はとても難しく体力が必要です。今まで生徒側の立場にしか立ったことがありませんでしたが、アチェで教師側に立ってみると1回授業を行うしんどさを、身をもって体験する事が出来ました。同時に、説明する難しさも感じました。日本語は特に難しい言語だと思います。助詞を説明するのは至難の業で感覚的に日本語を話している私にとって非常に難しかったです。例文を使用して一生懸命説明すると、何とか理解してもらえましたが、もう少しわかりやすく説明出来たらよかったと思います。
文化の違いも沢山体験しました。一番しんどかったのは、トイレ・お風呂です。トイレやお風呂は日本のものとは全然違います。アチェのお風呂にはシャワーがありませんし、水もお湯ではなく冷水を使用します。滞在中に少し冷水にも慣れましたが、初めのうちはしんどかったです。また、日本にないフルーツも沢山ありました。私のおすすめはランブータンです。見た目は少し気持ち悪いですがとても美味しかったです。反対に一番まずかったのはドリアンです。匂いが臭く、食感もぬるぬるしていて、味も美味しくありませんでした。 また、アチェではインフラが整っていないと感じました。なぜなら、アチェではとても頻繁に停電が起こります。昼間の停電に関しては特に大きな問題はありませんが、夜の停電は明かりが無くなってしまうため非常に困りました。私が滞在した2週間の間にも、何度も停電が起こりました。日本で停電はほとんどありません。この事は日本との大きな違いだと思います。
休日にはTUNAMIミュージアムに行きました。ここでは津波によりアチェが悲惨な状態になった事を学びました。津波の直後の街には建物は何もありませんでした。更に家族を亡くした人々も沢山いました。お世話になった晃月スクールの学生の中にも家族を亡くした人が沢山いました。それでも、みんな笑顔で毎日生活しています。そのことに私はとても感心しました。アチェの人々の前向きな姿勢に勇気づけられました。家族を亡くす事はとても大きな苦しみをもたらすと思います。それでも人々は笑顔でキラキラしています。私も少しの事でくよくよせず、アチェの人々を見習って強く生きていきたいと思いました。

最後に今回のアチェ滞在で一番強く思ったのは、人々の優しさです。みんなとても親切で、いつも私たちに気を使ってくれます。ホームステイ先では、私たちのお風呂のためにお湯を沸かしてくれました。わざわざ台所でお湯を沸かして、お風呂場まで何回も往復してお湯を運んでくれました。また、アチェで誕生日を迎えた私は、晃月スクールのみんなに誕生日ケーキのサプライズもしてもらいました。本当にうれしかったです。まだ出会って間もないのに、授業の時間を割いてサプライズをしてもらったことは決して忘れません。わざわざプレゼントまで用意してくれてる友達もいて感謝の気持ちでいっぱいです。
今回のアチェ滞在で、アチェの人々の優しさをとても強く感じました。生活様式や生活水準は日本のほうが高いですが、アチェには人々の絆の強さがあると思います。家族、友達、仲間を大切にする文化は素晴らしいと感じました。また、みんなが夢を持ち一生懸命勉強に取り組む姿は印象的でした。私も負けていられません。自分を磨く努力をし、前向きに行動しようと思います。
このような素晴らしい機会を与えていただいた事にとても感謝しています。そして、アチェのみんなと出会えたことは、一生の宝です。ありがとうございました。

李 真希さん

笑顔でいられることにも、幸せを感じる毎日でした。

大学では、経済や経営を専攻している私にとって、誰かに何かを教えることは無縁だった。だから、アチェで日本語を教えることに関して、とても不安でした。
初めて晃月スクールに行ったとき、その不安が倍増した。なぜなら、自分も日本語を全く理解していないと感じたからだ。普段当たり前のように使っている日本語がこんなにも難しいものだと初めて痛感した日だった。英語で伝えようにも、どう伝えたらいいかわからなかった。それでも、晃月スクールの子達は、笑顔で聞いてくれていた。それが、何よりもの救いだった。そんな不安だらけの、初日だったが、いろんな生徒に教えていくうちに、日本語の理解しづらい部分や、発音しづらい言葉などが少しずつわかってきた。そこを、どのようにしたら上手く伝えることができるのか、日々試行錯誤する毎日だった。
晃月スクールのほかに、小学校と2つの高校で授業をした。小学生は皆とても元気で、本当に日本語を楽しそうに勉強していた。日本語の歌を一緒に歌ったり、ひらがななどを教えたりした。小学生から、勉強を楽しむことを教わった。私は、第二高校とアリハシミ高校に行った。第二高校では、折り紙の授業やひらがなの授業、テキストを使った授業などを行った。アリハシミ高校では、一年生のクラスで授業をした。皆、日本語を習いたてなのに、知っている日本語で話してくれたりした。とても嬉しかった。どの、学校でも、日本の歌を歌ってというリクエストが多かった。そこで初めて、自分は日本の歌をあまり知らないことに気づかされた。アチェの子達のほうが、日本の歌を知っていた。自分が日本について知らないことが多いと生徒たちから学ぶことが多かったとおもう。アリハシミ高校では、寮にも泊まらせていただき、また、歓迎会まで開いてもらい本当に感謝しています。

アチェにて アチェで過ごした2週間は、サラ先生をはじめ、LCOスタッフの方々のおうちに、ホームステイさせていただきました。各家庭で本当に色々な生活を経験出来たこと、本当に感謝しています。生活様式が、日本と違う部分もあり、慣れない私を気遣ってくれたり、アチェの方々の温かさを日々感じました。また、アチェで出会った人の中には日本と同じように津波の被害により家族を亡くされている方もたくさんいた。そんなことは、感じさせないぐらい、いつもパワフルで元気だった。自分の家族が近くにいることがどれだけ幸せなことかを実感した。アチェの皆さんには、会うたびに元気をもらっていた。笑顔で楽しく過ごせたのは、本当にみんなのおかげだと思う。笑顔でいられることにも、幸せを感じる毎日でした。
最初から最後までアチェの子達に上手く日本語を教えることが出来ていたか、正直わかりません。しかし、少しでもお役に立てていたら幸いです。アチェの子達から、自分も多くのことを学ぶことが出来ました。そして、課題もたくさん見つかりました。もっと自分は、日本や日本語について知らなければならないことがある。知識を増やした上で、また機会があれば、アチェに帰りアチェの皆さんに日本のことをもっと伝えたいと切に思います。

アチェ訪問報告 長谷川祐香さん

アチェには日本語を勉強している子供たちがたくさんいる。そう聞いた私は嬉しい気持ちと、何か役に立てたら、という気持ちからアチェへ行くことを決めました。とは言うものの、新しい土地への不安、そして何より日本語を教えることへの不安でいっぱいのまま、出発の日を迎えました。
しかし私を迎えてくれたのは、たくさんの笑顔と、フレンドリーなアチェの方々でした。私の緊張は一気にほどけ、自分らしく一生懸命頑張ろうと、不安が前向きな気持ちに変わりました。アチェの皆さんは、出会ったその日から親しくなれる不思議な力を持っていました。
晃月スクールでは、小学生から社会人まで、幅広い生徒が一緒になって勉強していました。まるで一つの大きな家族のようで、思いやりに溢れた温かい場所です。晃月スクールで教える時間は私の大好きな時間でした。生徒たちは学ぶ意欲に満ちており、日本語を駆使して様々な角度から質問を投げかけてきました。それだけ理解しようとする思いが強いのだと感じ、私も必死になりながら生徒が納得するまで粘り強く教えました。
また、晃月スクール以外でも、午前中を使って高等学校を訪問する機会が何度かありました。日本についての様々な質問が飛び交い、活気のある時間となりました。歌やダンスを披露してくれた生徒もおり、才能に溢れる子供たちに驚かされました。そして、授業の最後にはお決まりのセルフィー。各クラスに一度ずつしか訪問できなかったことを大変残念に思いますが、その一度が彼らの日本語への意欲に繋がればいい。または日本に興味を持つきっかけになればいいなと思います。彼らの成功を心から願います。
アチェで私が感じた一番大きなことは、人と人との繋がりが強い、という事でした。ある生徒が私にこう言いました。津波で家族は失ったけれど、僕は大丈夫だった。何故なら、みんながいたから。親戚や友達がいたから、寂しくなかった、と。また、私はアチェでの挨拶の握手が大好きでした。子どもは大人の手を握り、額に当てる。大人同士は握手をした後に手を胸辺りに持ってくる。行く先々でこの挨拶を体験しました。一対一でしっかりと挨拶を交わすこの習慣は、人との繋がりを大切にするアチェの人たちならではなのかな、と思いました。
晃月スクール最後の日には、生徒からたくさんの「ありがとう」をもらいました。でも、私はその何倍もの「ありがとう」を彼らに返したいです。そして私の活動を支えて下さったLCOオフィースのスタッフの皆様、いつも行動を共にして下さったサラ先生に心から感謝しています。アチェでの素晴らしい出会いすべてが私の宝物です。いつか必ず戻り、皆さんの笑顔にまた会いたいです。

アチェ訪問報告

アチェ訪問報告 松本崇晃さん

アチェでの活動は、私にとって忘れる事の出来ないかけがえのない経験となった。一番感心したのは、生徒たちの勉強意欲、過去を引きずらずに将来へ視線を向けている点だ。アチェの教育省に伺った際に、日本の生徒たちのことを賞賛された。なぜなら授業中はとても静かで、楽しそうに学んでいるからという理由だった。確かにアチェでは授業中に日本のように静かにしている子供は多くなさそうだったが、集中力、意欲は日本の学生以上に強いと感じた。また、あまり深くは聞けないと思っていた津波の事も、自虐ネタにして話してきた人もいれば、津波は自分に与えられた試練だから乗り越えてみせる、と言う学生もおり、なんて大きい力を持った人たちなのだろうと感服した。色んな活動の中で、共通して感じた事は、知的好奇心や向上心が旺盛で、とても明るく、親切心に溢れている事だ。日本の大学についての話や福島の話に対して、真剣に耳を傾けてくれて、よく分からない日本人にいつも気を遣ってくれて、本当に嬉しかった。
帰国したら、アチェの学生が日本の大学で勉強できる機会を設ける為に、私に出来る事から協力していきたいと感じました。また、アチェだけではなく色んな国の学生のために活動する事も始めていきたいとも考え始めました。今まで無かった考えを与えてくださり、本当にありがとうございます。
最後になりましたが、今回の旅に誘ってくれた同じ東京大学の松本君、参加を認めてくださった李さん、アチェでの活動を支援してくれたLCOのワワンさん、パクワさん、大勢の学生の皆さん、この場を借りてお礼を申し上げます。皆さんがいなかったら、こんなに充実した日々を送る事なんて想像もできません。私にいろいろな事を学ばせてくださり、本当にありがとうございました。

NPO良心、市民の会報告


NPO良心、市民の会報告 昨年12月に晃月スクール卒業生と在校生13名が日本語能力試験を受験しました。今月初めにその結果が届きましたのでご報告させていただきます。
N5を受験した8名のうち7名が合格しました。その内AfraさんとSiti Aisyaさんは晃月スクールで2年間日本語を勉強した高校1年生でまだ晃月スクールを卒業していません。これまでは卒業生のみの受験でしたがこの二人はレベルが高く今回受験してもらいました。今年の卒業後N4を受験しますがこれまで卒業後すぐにN4を合格した卒業生はいません。晃月スクールのレベルが徐々に高くなってきている証左だとおもます。残念ながらN3、N4を受けた卒業生は不合格に終わりました。次回に向け勉強に取り組んでいってもらいたいと思います。
2月7日にジャカルタで行われた高校生日本語スピーチ大会でDilaさんが第2位になりました。昨年の大会ではアチェの高校生が優勝し今回も準優勝です。Dilaさんは高校に入ってから日本語を学んでいる高校2年生で昨年9月から晃月スクールでも日本語の勉強を始めました。この大会で3位までに入賞した高校生は4月か5月に日本に招待されます。彼女にとって素晴らしい体験が待っています。彼女は自分の力でその機会を勝ち取りました。

|| 晃月スクールとは

2007年8月5日、地域の子供達を対象に教育水準の向上を目指して開校した授業料無料の語学教室。アチェ州・公立プカンバダ第一中学校との協力のもと、日本語と英語の授業を開校。 2015年2月末現在、計178名の生徒が受講。

|| 奨学金(JGA)について

2015年3月末現在100名の災害孤児を対象に生活保護を含む就学支援として、毎月一人 300,000インドネシアルピア(現在のレートで約2,850円)の奨学金を給付。

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